2025年12月27日 (土)

飛行船 大鍋いも煮会 2週目

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鹿沼市の「ひこうせんマルシェ野菜市場」で 「ひこうせんファーム祭 大鍋いも煮祭」が 先週の土日に続き 今週の土日も開催され

先週に続き 会場から リポート中継を担当した 

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この祭は 「飛行船ファーム」で生産した有機栽培野菜や「いも煮」などを販売する 収穫祭で

午前と午後の2回 会場から 賑わいのようすなどを放送した

冷たい風が吹く中 訪れた多くのお客様は 温かい「いも煮」を食べながら 買い物を楽しんでいた 

「飛行船」専務の「桶田博信」さんらと じゃんけん大会も開かれ 野菜・果物の箱詰めがプレゼントされた 

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2025年12月20日 (土)

飛行船 大鍋いも煮会 1週目

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鹿沼市の「ひこうせんマルシェ野菜市場」で 「ひこうせんファーム祭 大鍋いも煮会」が 開催された

この祭は 「飛行船ファーム」で生産した有機栽培野菜や 「いも煮」などを販売する 収穫祭で

午前と午後の2回 会場から 賑わいのようすなどを放送した

午後は 「飛行船」専務の「桶田博信」さんとともにレポートした

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温かい「いも煮」や 飛行船ファームの新鮮野菜を買い求める 多くのお客様で 一日中 賑わった

私は いも煮を2杯 食べたほか 「飛行船スイーツ」の「干し芋」2袋を買い求めた

この催事は 12月20日㈯ 21日㈰ 27日㈯ 28日㈰の 年末の土日4日間開催される

27日㈯も 会場からのレポート放送を担当するので その日に 野菜類を買い求める予定だ

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(「飛行船」が出稿した下野新聞の広告記事の一部)

 

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今日の放送担当エンジニアは 「飯島」君(左)

彼は ミキサーの他 番組制作も担当するなど マルチな活躍をしている若きホープである

いも煮を食べているのは 「佐藤」君(右)

彼は 早朝からの本社勤務を終え 帰宅途中に 「隆さま!」と 中継現場を訪ねてくれた

二人とも 心優しき 真摯な青年である

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2025年6月 1日 (日)

飛び出せ飛行船 能登・三陸 復興応援 感謝祭

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「能登・三陸 復興応援 感謝祭」が 6月1日 鹿沼市白桑田の「飛行船ヴィレッジ」で 開催された

この催事は 「東日本大震災」や「能登半島地震・水害」で被災した方々へ支援活動を続けている「飛行船 災害復興プロジェクト」が中心となり

能登や三陸から招いたゲストから 現地のレポートを聴き 直送された海産物を食し 能登と三陸の「今」を知って 味わって 復興を応援しようと開催された

栃木放送は 「飛び出せ飛行船 能登・三陸 復興応援 感謝祭」と題し 正午から午後4時まで 会場から生放送した

進行役は 私「隆さま」と 「飛行船」の「桶田博信」専務と 「中里弥菜」アナが務めた 

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昨日の強い風雨の悪天候とは打って変わって 日中は青空が広がる イベント日和になり 多くの来場者で賑わい

能登と三陸の海産物を販売するブースも 再現された「輪島の朝市」にも 買い物客の長い列ができた

来場者は ホタテの浜焼きなどを食べながら 多彩なステージイベントを楽しんでいた

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午前10時開会直後のひとコマ

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放送は ステージイベントを進行しながら 放送ブースから情報を伝える 二重方式を採った

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フィナーレ後の 記念撮影

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ステージの仕事をすると このポーズを取ってしまう 私「隆さま」の 悪い癖である

2025年5月30日 (金)

「金曜 飛び出せ 飛行船」 生放送

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「隆さま劇場」内で 録音で 放送している「金曜 飛び出せ 飛行船」

今日は 担当の「飛行船」専務の「桶田博信」さんと 「中里弥菜」アナに 「隆さま」も参加して

6月1日に 鹿沼市白桑田の「飛行船」で開催する「能登・三陸 復興支援感謝祭」について 生放送で案内した

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「能登・三陸 復興応援感謝祭」は 2011年3月11日に発生した「東日本大震災」直後から支援活動を続け 更には 2024年1月1日に発生した「能登半島地震」や同年9月の「豪雨災害」の支援活動をも行っている 「飛行船 災害復興プロジェクト」活動の一環で

能登と三陸からゲストを迎えて 現地のレポートを聴き 直送された海産物を食べて 「能登と三陸の「今」を知って 味わって 復興を応援しよう」と 開催される

桶田専務は 「多くの皆様に おいでいただきたい」と力説した 

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栃木放送では 正午から午後4時まで 会場から生放送する

放送の進行は 「桶田博信」飛行船専務と「中里弥菜」アナで 私「隆さま」も担当する

会場は 「飛行船アグリ」に隣接する 今年4月にオープンしたばかりの 「飛行船ヴィレッジ」

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リスナーさんが撮影して 番組に送ってくれた「飛行船ヴィレッジ」の 準備風景

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2024年3月24日 (日)

飛行船 能登復興応援 感謝祭

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「飛行船 能登復興応援 感謝祭 ~三陸の想いよ 能登に届け~」が 「飛行船」 鹿沼北展示場で開催された

三陸と能登の海産物を食べて 能登を応援しようというもので ゲストやイベントも盛りだくさんで 多くの皆様においでいただいた

栃木放送は 午後1時~4時まで 「飛び出せ飛行船 能登復興への道~能登スマイル~」と題し 特設ステージから 生放送した

司会進行役は 飛行船 専務の桶田博信さんと福島真理子アナ そして私 阿久津隆一の 久々の三人揃い踏みとなった

イベント終了後 飛行船と栃木放送のスタッフなどで 記念写真を撮影した

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2023年3月11日 (土)

四年ぶり・飛行船感謝祭

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東日本大震災から 今日で12年

「飛行船」は 震災直後から 復興支援プロジェクトを組織し 岩手県釜石市や大槌町などに向け 支援活動を行っている

復興は終わらない・・ 東日本大震災から12年の軌跡を顧みながらの ステージイベント「飛行船感謝祭」が 四年ぶりに開催された

通算13回目の感謝祭だ

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飛行船 北展示場特設ステージから 午後1時~4時まで 3時間の公開生放送を行った

司会進行は 私と 飛行船専務・桶田博信さん 中里弥菜AN

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釜石市から直送された 牡蠣やホタテの浜焼きなどの店も出て お客様は 海の幸・磯の香を味わいながら ステージイベントを楽しんでいた

地震発生の午後2時46分には 出演者やお客様 スタッフ一同 黙とうを捧げた

人の記憶は 年々 薄れていくが 今日 改めて 当時を想起し 災害と対峙して生活する私たちの在り方を 再考した  

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2023年2月26日 (日)

飛行船感謝祭 公開生放送 決定

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3月10日~12日の三日間 「飛行船・釜石大槌 感謝祭~東日本大震災から12年の軌跡~」が 「リサイクルショップ飛行船 鹿沼店」で開催される

栃木放送は 飛行船感謝祭二日目の3月11日 午後1時~4時まで 会場から生放送する

今回も 私は 司会進行役を仰せつかった

薄れつつある3.11の記憶と教訓を想起し 新たな指針を自覚したいと思っている

生放送は 釜石市などの復興の現状を伝え 震災当初からボランティア活動を続ける「飛行船復興支援プロジェクト」の想いを伝えるほか

岩手県から直送された海産物の飲食販売コーナーや 多くのステージイベントなど 盛りだくさんの内容になる

コロナ禍で 消滅を余儀なくされた公開放送が やっと甦る

久々に 多くの皆様とお会いできることを 楽しみにしている

2022年3月12日 (土)

飛行船 東日本大震災復興写真展

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鹿沼市の「飛行船」で 3月11日~3月31日まで 「東日本大震災復興写真展」が 開催されている

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「飛行船 復興支援プロジェクト」が続けている 東日本大震災復興支援活動の11年の軌跡が 記録写真で綴られている 

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「復興は まだ終わらない だから伝えつづける」

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「誰も置き去りにしない」

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「飛行船 復興支援プロジェクト」のリーダー 桶田博信・飛行船専務に お会いした

彼の屈託のない笑顔は 11年前と変わっていない 

支援物資とともに 彼の笑顔も 被災地の皆様には 安らぎになっているに違いない 

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桶田正信・飛行船社長にも お会いした

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「おっ! 阿久津君!」と迎えてくれた 「社長! おつかれさまです!」と 挨拶もそこそこに 

社長は 展示されている写真に潜む ドキュメンタリーや 今後の活動などの話をしてくれた 

社長の情熱は さらに大きな塊になっている

「私も 放送を通じて 復興支援活動に触れさせていただき ありがたかったです 展示写真を拝見しながら 目がうるうる しちゃいました」と言うと 

桶田社長は 「いろいろ あったね」と 目を細めた

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献花台も設置されていた 

犠牲になった方々への追悼と 復興を祈り 合わせて 3.11大震災と 飛行船復興プロジェクトの活動を 記憶に鮮明に留めておくことを誓った 

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「飛行船 釜石物産店」で販売されている 釜石の伝統芸能「虎舞」の虎を模したマスコットを見て

2017年3月11日に 釜石市から生放送した際 釜石市箱崎町白浜の漁港でインタビューした 佐々木孝郎さんの言葉を思い出した

「震災で人がいなくなっちまった 老人しかいないんだ なんとかして 人集めをしなきゃね 虎舞いを舞う人がいるから 虎舞いで人を呼ぼうかな・・」

佐々木さんは お元気だろうか 箱崎白浜漁港は 今 どうなっているだろうか

復興写真展を見て 釜石市や大槌町で出会った人々や風景が 浮かんでくる

釜石市で覚えた「釜石小唄」のメロディーも浮かんできた

♫~ ここは釜石 宝の港 黄金白銀さらさらと 

   さってもホントに 良い所

   ぜひとも一度は おいでんせ 

   はぁーおいでんせ ~♫

2020年3月 8日 (日)

飛行船報告会が取材を受けた

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特別番組「飛行船プロジェクト報告会~9年間の軌跡~」を 午後1時~3時まで生放送した

後列左から 「飛行船アグリ」広報担当・桶田貞子さん 常務・桶田孝子さん 専務・桶田博信さん

前列右 釜石振興開発(株)部長で道の駅「釜石仙人峠」駅長の菊池教利さん

 

「飛行船アグリ」は 多くのボランティアとともに「飛行船プロジェクト」を組織し 東日本大震災直後から 岩手県釜石市や大槌町などに 復興支援活動を続けていて 今月11日で9年になる

その9年間の主な活動だった物資支援に区切りをつけ 10年目の新たな活動計画などを発表した 

活動に参加したボランティアの方々も 電話出演した

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当初 報告会は集会形式で実施する予定だったが 昨今の新型コロナウイルス感染症の懸念から 栃木放送スタジオから生放送の形で行われた

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報告会の放送スタジオには 新聞社やテレビ局が取材に訪れ 調整室に記者の皆さんが集まった 

いつもは取材する仕事をしているのに 今日は 取材される側にいる不思議な感覚で落ち着かない 記者の皆様ありがとう 

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早速 夜8時45分からのNHK首都圏ニュースで放送された

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左はミキサーの大橋幸夫さん 右の後姿はディレクターの目加田友子さん

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飛行船プロジェクトの桶田博信さんにズームアップ

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いつもは ラフな格好で仕事をしているが 今日はマスコミ取材が入ると聞いていたので 着慣れぬスーツで臨んだ これもまた落ち着かない

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NHKのニュース放映後 多くの方々から 冷やかしの電話やメールなどをいただいた 妹からも「兄貴が映ってたよ・・」と連絡があった

明日は 朝日新聞と毎日新聞に 取材記事が掲載される予定だそうだ 


3月9日追記

朝日新聞に 取材記事が載っていた 

(朝日新聞デジタルから記事と写真をお借りしました)1_20200310010301

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2020年3月 5日 (木)

飛行船報告会はスタジオで開催

隆さま劇場 今日の「隆さまフレンズ」は 飛行船アグリ専務の桶田博信さん

3月11日で 東日本大震災から満9年となり 10年目を迎える 

飛行船アグリは 震災直後からボランティア活動「飛行船プロジェクト Smile to Smile 復興への道」を組織し 岩手県釜石市に復興支援活動を続けている その9年間の活動や今後の方針などを話していただいた

私も 釜石市から中継をするなど 何度も飛行船プロジェクトの活動を取材しているので 震災から復興へ向けた人々の姿や光景がよみがえった

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その活動内容の詳細は 3月8日(日)午後1時~3時まで 飛行船コミュニティー会館で開催される「飛行船プロジェクト報告会 ~9年間の軌跡~」で報告される

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しかし 昨今の新型コロナウイルス感染症の懸念も有り 集会形式とせず 開催場所を 栃木放送スタジオに変更して放送することになった