2026年4月18日 (土)

誕生日 2026

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2026年3月20日 (金)

春彼岸法要~墓参

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今日は 春分の日

昨日まで 暖かな日和が続き 各地から 桜の開花ニュースが届いたが 今日は 冬に逆戻りし 寒い一日だった

午前10時から開催された 菩提寺「地蔵山 延命院」の 「春彼岸中日法要」に参列した

初めに 住職の講話があり その後 法要が執り行われた

法要の後 墓参りに出かけ 線香と花を手向けた

近い将来 私の住処となる所 だなぁ・・・・ 

南無大師遍照金剛

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2026年1月30日 (金)

確定申告 準備完了

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令和7年の所得税確定申告書を 書き終えた

待っていた 数か所からの源泉徴収票が 昨日 揃ったので 早速 領収書などを整理・計算し 必要経費などを計上し 収支内訳書を作成して 申告書をまとめた

あとは 提出すればよい

今年も 源泉徴収された所得税が 全額 返還される見込みだ

旅行の資金に充てようか

それとも 長年使用してきた 古いバージョンのパソコンを 新しいパソコンに買い替える資金にしようかと ほくそ笑んでいる

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税務署では e-tax利用を呼びかけている

資料によると 昨年の 個人の所得税確定申告における e-tax利用者は 過去最高の74%に達したそうだ

e-taxを利用すれば 面倒な 収支内訳書や申告書を作成せずに 申告できるが 長年の習慣から抜け出せない

電卓を叩いて 収支計算書や申告書をまとめるのも 私は苦にならず 結構 楽しい作業だ

この先 何年 所得税確定申告をすることになるか不明だが 私は e-taxを使用しない少数派になりそうだ

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2026年1月 1日 (木)

午年の元日

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午年の新年を迎えた

祝い酒は 午年生まれの年男である 次男からの提供による 大分県の八鹿酒造の干支ボトル

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瓶の中に 馬が飛び跳ねる ガラス彫刻の勇姿が 入っている

年男の次男の 更なる飛躍を祈願することは勿論のこと 家族全員の安寧な生活を願って 乾杯した

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2025年12月28日 (日)

庭の花木で 正月の花飾り

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紅白の南天の実を 竹の花瓶に活けた

これは 玄関用

毎年 花屋さんで 正月用の花を 買っていたが

今年は 庭の花木を手折って 正月の飾り花を作った 

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亡き母が 通所していた介護施設で作った

太い竹の花瓶に

真っ赤な 南天の実を活けた

これは キッチン用

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数年前に植えた 千両が 実を付けるようになった

細い竹籠に 千両を 活けた

活けたというより 投げ入れた感じだ

これは 仏壇用

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神棚には 庭の榊を手折って 飾った

花屋で求めず 庭の花木で作った 正月の花飾り

これで充分だ

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2025年10月27日 (月)

またもや車が塀に激突

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夜明け前 大きな衝撃音を聴き 目を覚まし またもや塀に車が突っ込んだかと思ったが 起きなかった

しばらくして パトカーのサイレン音が 自宅近くで止まったので 窓を開けると 赤色灯がクルクルと点滅していた

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やはり またもや 塀に車が 突っ込んでいた

車の外観からは さほど衝撃がなかったかに見えるが オイルは漏れ出し 前後とも車輪軸の損傷があったようで タイヤが外れそうに 曲がっている

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幸いなことに 今回も 運転手に ケガなどは無かった

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やがて レッカー車が到着し作業に入ったが 難航していて トラックの運転席部分を 前に倒したりなどして 牽引していた

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私は 番組があり スタジオに向かわなければならないので 警察官から 運転者の連絡先や保険会社などを確認して その場を離れた

何度も 車が塀に衝突しているので 慣れたもので これだけの情報を入手しておけばよい事を 学んでいる  

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ブログに書き残しているだけでも 2024年10月31日 2019年5月17日 2015年8月19日に 車が同様に塀に激突している

2025年9月17日 (水)

母の命日 十三回忌

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今日は 母の命日 十三回忌だ

先月31日に 十三回忌の法要を 菩提寺の延命院で執り行ったが 今日は 命日の墓参りをした

 

墓に着くと 菊の花が飾ってある!

既に 誰かが 墓参に 訪れていた

しかも 私が 菊を活けるレイアウトと全く同じ 中央の二ヶ所に「黄菊」 両脇の二ヶ所に「白菊」が 飾ってある

妹の〇ちゃんに違いないと 電話をすると やはり 〇ちゃんだった

「私の都合で 朝 早く 出かけたので 兄ちゃんを起こしちゃ悪いと思って 家に寄らなかった」と言う

〇ちゃんの 思いやりである

 

気まぐれな私は 今日の菊の花の配列は 全部「黄菊」に統一しようと 持参したので 中央の二ヶ所が「黄菊」二本ずつ 両脇の二ヶ所が「白菊と黄菊」と 賑やかになった

 

線香を供え 目を閉じて 合掌すると 母の笑い声が 聞こえてきたような気がした

 

(8月31日 十三回忌法要後の墓参の画像) 

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2025年8月31日 (日)

母の「十三回忌」法要

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母「ミツ子」の 「十三回忌」法要を 菩提寺「延命院」で 執り行った

89歳で他界した母の命日は 9月17日だが 諸事情で 本日となった

十三回忌の母は 「大日如来」と 一体になったわけだ

法要・墓参の後 会食をしながら 働き者だった母を偲んだ

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2025年8月16日 (土)

お盆~御先祖さまを送った~

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お盆も 今日で終わりの 送り盆

昼食は 素麺を茹でて 盆棚(精霊棚)に供え 御先祖さまに食していただいた

その後 御先祖さまを お墓に送って行き 線香を手向けた

やがて 近い将来 私も ここに埋葬されることになるが 手厚く弔ってくれるだろうかと ふと 脳裏をよぎった

2025年8月15日 (金)

80回目の終戦の日

8月15日 今日は 80回目の終戦の日 もしくは 終戦記念日

「隆さま劇場」は 戦争に関したメールと 反戦歌を募集し 放送した

戦争を実体験した人の数は 年々少なくなり 語り継ぐ人が少数になってきていて リスナーさんからは 家族などの伝聞による戦争逸話が 多く寄せられた

番組ディレクターの杉山さんは 戦争反対のシャツを着て 出社した

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ラジオカー中継は 甫坂裕子さんが担当で 戦争を語り継ぐ人や 企画展開催会場から レポートした

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川島育郎プロデューサーも 保存していた祖父の生声を構成して 戦時中の様子をレポートした

私は 約30年前に 父が書き残していた 戦争の手記を読んで レポートした  

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父は 宇都宮を本拠とする第14師団の一員として 昭和19年4月に 満州から パラオに出征した

アンガウル島に配属となるが パラオ本島に移動となり 運よく アンガウル島の玉砕に遭わず 命を取り留めた

父の手記には 「生きた地獄生活」を送りながら 「我 身を持って 太平洋の防波堤たらん」と 戦った様子や

アンガウル島や ペリリュー島の玉砕の様子が 生々しく記録されていて 読んでいて声が詰まる

手記は 次のような表現で 締めくくっている

「平和で 豊かになった日本が いつまでも続くように 日本の進路を 誤らぬようにと 考えています」

 

父から 戦争の話を聴いたことが ほとんどなかったし 自ら話すこともなかった

この手記を読んで 初めて 知ったことが多い もっと 聞いておけば良かったと思っても もう遅い

ただ 「パラオは 青い海と空 夜空には南十字星が輝く 美しい島だ」と話したことは 記憶にあり

「父さん パラオに行ってみようか」と誘ったことがあったが 父は 強い口調で「行かない!」と 言ったことを覚えている

「行かない!」 行きたくない理由が この手記を読んで 理解できた

 

10年前 2015年4月8日 天皇皇后両陛下が 太平洋戦争の戦没者を慰霊するため パラオを 初めて訪問された時

父は 「亡くなった戦友が 認めてもらえた・・・・」と 砲弾と飢餓を想い返し 戦友の鎮魂と平和を祈っていたようだ

その様子は 下野新聞の取材を受け 翌日 2015年4月9日の記事に 大きく取り上げられた

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