2025年10月27日 (月)

またもや車が塀に激突

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夜明け前 大きな衝撃音を聴き 目を覚まし またもや塀に車が突っ込んだかと思ったが 起きなかった

しばらくして パトカーのサイレン音が 自宅近くで止まったので 窓を開けると 赤色灯がクルクルと点滅していた

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やはり またもや 塀に車が 突っ込んでいた

車の外観からは さほど衝撃がなかったかに見えるが オイルは漏れ出し 前後とも車輪軸の損傷があったようで タイヤが外れそうに 曲がっている

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幸いなことに 今回も 運転手に ケガなどは無かった

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やがて レッカー車が到着し作業に入ったが 難航していて トラックの運転席部分を 前に倒したりなどして 牽引していた

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私は 番組があり スタジオに向かわなければならないので 警察官から 運転者の連絡先や保険会社などを確認して その場を離れた

何度も 車が塀に衝突しているので 慣れたもので これだけの情報を入手しておけばよい事を 学んでいる  

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ブログに書き残しているだけでも 2024年10月31日 2019年5月17日 2015年8月19日に 車が同様に塀に激突している

2025年9月17日 (水)

母の命日 十三回忌

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今日は 母の命日 十三回忌だ

先月31日に 十三回忌の法要を 菩提寺の延命院で執り行ったが 今日は 命日の墓参りをした

 

墓に着くと 菊の花が飾ってある!

既に 誰かが 墓参に 訪れていた

しかも 私が 菊を活けるレイアウトと全く同じ 中央の二ヶ所に「黄菊」 両脇の二ヶ所に「白菊」が 飾ってある

妹の〇ちゃんに違いないと 電話をすると やはり 〇ちゃんだった

「私の都合で 朝 早く 出かけたので 兄ちゃんを起こしちゃ悪いと思って 家に寄らなかった」と言う

〇ちゃんの 思いやりである

 

気まぐれな私は 今日の菊の花の配列は 全部「黄菊」に統一しようと 持参したので 中央の二ヶ所が「黄菊」二本ずつ 両脇の二ヶ所が「白菊と黄菊」と 賑やかになった

 

線香を供え 目を閉じて 合掌すると 母の笑い声が 聞こえてきたような気がした

 

(8月31日 十三回忌法要後の墓参の画像) 

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2025年8月31日 (日)

母の「十三回忌」法要

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母「ミツ子」の 「十三回忌」法要を 菩提寺「延命院」で 執り行った

89歳で他界した母の命日は 9月17日だが 諸事情で 本日となった

十三回忌の母は 「大日如来」と 一体になったわけだ

法要・墓参の後 会食をしながら 働き者だった母を偲んだ

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2025年8月16日 (土)

お盆~御先祖さまを送った~

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お盆も 今日で終わりの 送り盆

昼食は 素麺を茹でて 盆棚(精霊棚)に供え 御先祖さまに食していただいた

その後 御先祖さまを お墓に送って行き 線香を手向けた

やがて 近い将来 私も ここに埋葬されることになるが 手厚く弔ってくれるだろうかと ふと 脳裏をよぎった

2025年8月15日 (金)

80回目の終戦の日

8月15日 今日は 80回目の終戦の日 もしくは 終戦記念日

「隆さま劇場」は 戦争に関したメールと 反戦歌を募集し 放送した

戦争を実体験した人の数は 年々少なくなり 語り継ぐ人が少数になってきていて リスナーさんからは 家族などの伝聞による戦争逸話が 多く寄せられた

番組ディレクターの杉山さんは 戦争反対のシャツを着て 出社した

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ラジオカー中継は 甫坂裕子さんが担当で 戦争を語り継ぐ人や 企画展開催会場から レポートした

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川島育郎プロデューサーも 保存していた祖父の生声を構成して 戦時中の様子をレポートした

私は 約30年前に 父が書き残していた 戦争の手記を読んで レポートした  

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父は 宇都宮を本拠とする第14師団の一員として 昭和19年4月に 満州から パラオに出征した

アンガウル島に配属となるが パラオ本島に移動となり 運よく アンガウル島の玉砕に遭わず 命を取り留めた

父の手記には 「生きた地獄生活」を送りながら 「我 身を持って 太平洋の防波堤たらん」と 戦った様子や

アンガウル島や ペリリュー島の玉砕の様子が 生々しく記録されていて 読んでいて声が詰まる

手記は 次のような表現で 締めくくっている

「平和で 豊かになった日本が いつまでも続くように 日本の進路を 誤らぬようにと 考えています」

 

父から 戦争の話を聴いたことが ほとんどなかったし 自ら話すこともなかった

この手記を読んで 初めて 知ったことが多い もっと 聞いておけば良かったと思っても もう遅い

ただ 「パラオは 青い海と空 夜空には南十字星が輝く 美しい島だ」と話したことは 記憶にあり

「父さん パラオに行ってみようか」と誘ったことがあったが 父は 強い口調で「行かない!」と 言ったことを覚えている

「行かない!」 行きたくない理由が この手記を読んで 理解できた

 

10年前 2015年4月8日 天皇皇后両陛下が 太平洋戦争の戦没者を慰霊するため パラオを 初めて訪問された時

父は 「亡くなった戦友が 認めてもらえた・・・・」と 砲弾と飢餓を想い返し 戦友の鎮魂と平和を祈っていたようだ

その様子は 下野新聞の取材を受け 翌日 2015年4月9日の記事に 大きく取り上げられた

2025年8月13日 (水)

お盆~御先祖さまを迎えた~

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今日から 「お盆」

得意な朝寝坊を返上して 盆棚(精霊棚)を 飾りつけ 仏壇から 位牌や仏具などを移動した

仏具の飾りつけは 決まりごとに則りながらも 私流のオリジナル 

位牌を拭きながら 没年や戒名を見て 想いを巡らしていると 作業がなかなか進まない

やっと 盆棚が完成したので 御先祖さまを迎えに 墓参りに出かけた

 

墓地に 花立てが 六ヶ所ある 

同じ色の菊の花を 一輪づつ挿すのが 私の拘りで 今年は 白菊でも黄菊でもなく 赤紫の菊にした

水鉢に たっぷりと水を入れ 線香を手向けて 合掌をして 御先祖さまを 自宅に案内した

仏さまの食事は ご飯 汁物 漬物 煮もの 焼きものを 供えるそうだが そこまでの接待はできないので

私の日常である「粗酒粗食」に お付き合いを願うことにしている

 

明日は 午前中 初盆の親戚宅を二軒訪ね 午後は 寺の住職が 棚経に 訪ねてくださる予定だ

明後日は 仕事 「隆さま劇場」のスタジオ入りとなるので 仏さまを家に閉じ込めて 鍵をかけて出かける

どなたかが 訪ねてくださったら どうしようと思うが 致し方ない

2025年7月16日 (水)

えっ! 「敬老会の案内」??!!

強い風雨の日々が続いている

郵便配達のバイクの音がしたので 郵便物が濡れないかと心配をし 郵便受け箱を開けたら

町役場から 4通の郵便物が 届いていた

 

➀★戸籍に記載される振り仮名の通知書★

  氏の振り仮名も 名の振り仮名も 誤りなしで 届け出不要

➁★後期高齢者医療資格確認書★

  マイナ保険証に移行しているが 令和8年7月31日までは 資格確認書(紙の保険証)が送付される

➂★後期高齢者医療保険料額通知書と納付書★

  年度途中で後期高齢者になったため 今年は納付書で納付し 来年から 年金天引きになる

 

そして 4通目の郵便物に 驚いたのである

➃★敬老会開催のご案内★

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私に 敬老会の案内が 届いた!!

4月の誕生日で 後期高齢者の域に括られ 行政からも 次々と 後期高齢者に関する知らせが届くので 自覚せずとも 周囲から 否応なく認知させられる羽目に 陥っているが

敬老会の案内が届くとは 予想だにしてなく 敬老会に参加する範疇に存在していることに 信じ難い抵抗の驚きを感じた

まだまだ これからと 虚勢を張っていた自信が 崩れ落ちそうにもなった

「欠席の場合 ハガキは処分してください」と 書いてあるので 即 破って ゴミ箱に捨てた

だが このハガキは 後期高齢者の自覚を持ちなさいという 知らせなのかもしれないと思う事にした

人は皆 平等に 一年に一歳 年齢を重ねていく

ここまで来ると 明日の命も 健康の保証もない 

若さへの未練は 捨てることにして 若々しく過ごせる高齢の生活を探っていきたい

  

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2025年6月15日 (日)

父の日 全国 酒巡り

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今日は 父の日

今年も 娘から 贈り物「日本酒」が 届いた

毎年 全国各地の酒を 贈ってくれるようになってから 今回で 14回目になる

 

題して 「父の日 全国 酒巡り」

広島 青森 富山 和歌山 京都 岡山 長野 埼玉 山梨 静岡 秋田 北海道 千葉と続き

今年は「愛媛県」の酒で

西条市の「石鎚酒造」の「石鎚」と 松山市の「栄光酒造」の「蔵元のみかん」

「石鎚」は 数種類あるが 贈られた酒は ANA国際線のビジネス・ファーストクラスでも 提供しているそうだ

「蔵元のみかん」は 愛媛県産のポンカンと本格焼酎を 杜氏が 本気で仕込んだ リキュールだという

 

「ひとり晩餐会」で グラスに酒を注ぎながら ふと 思った

「父の日 全国 酒巡り」 47都道府県を制覇するには 47-14=33 あと33年かかる

ということは 私が108歳! 到底 無理なことだ

娘よ どうする? などと ひとり苦笑いをしながら もう一杯 グラスに酒を注いだ

2025年5月 2日 (金)

体調不良は 「崇り」 かも

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体調を崩して 今日の「隆さま劇場」は 「鼻声」での放送になってしまった

リスナーさんから お叱りや お見舞いなど 様々なメールをいただいた

いずれにせよ 私の生活の不摂生から 生じたもので 大変申し訳なく お詫びを申し上げた

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数日前から 熱・咳・痰・鼻水などの 症状が続いた

遅かりし 花粉症デビューか などと軽く見ていたが 痰が酷く 声が出にくいので 病院へ駆け込んだ 

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病院へ行くと コロナ・インフル・百日咳などの恐れありで まず 別室へ移されて検査するが いずれも該当せず

血液検査などや 胸部のCTスキャン 耳鼻咽喉のCTスキャンなど 細部にわたって 再検査・再診察と続いた3_20250504184701

結局 原因は不明ながら 薬剤を処方してもらい 次回診察の予約をした

 

もしかしたら 原因は 庭の「キウイ」の木を切った 「崇り」かもしれない とも思った

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「キウイ」は 母の発案で苗木を買い 父とともに 棚を作って植えたと 聞いている

植えたは良いが さほど 剪定など しなかったようだが 毎年 実を付けたという

私が 世話をするようになってからも さほど剪定はしなかったが 実を付けた

だが 太くなった幹から 太い枝が縦横に伸びて ジャングル状態になってしまい 私には 的確な管理ができなくなった

このまま放置する訳にもいかず 植えた両親には 申し訳ないが 「キウイ棚」を撤去することに決めた

撤去作業は 暇な時に 少しづつ進められるよう まずは チェーンソーで 雄木と雌木とも 根本から切断し 伸びた枝木も 処理しやすいように 短く寸断した

この キウイ伐採の「崇り」が 痰・咳・鼻水など体調不良に現れたのかも知れない 

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だが そんな筈はない

父と母が 喧嘩をしながら 雄株 雌株を植えたという話を聞いていたので

まず 仏壇に向かい 「ジャングル化を 防止するため 伐採します」と 父母に報告した

その後 「清酒」と「塩」をお盆に載せて 雄木と雌木の間に置いて 手を合わせて 感謝を伝えた

次いで 雄木の根元の周囲に 清酒と塩をまき 更に 雌木の根元の周囲に 清酒と塩をまいて 手を合わせて感謝した

そして チェーンソーを 入れた

神主さんに 御祓いを依頼していないが 自己流ながら これだけ お清めをしたのだから 「崇り」は ないであろう

じゃぁ 父と母の「怒り」かな・・・・

2025年4月18日 (金)

誕生日 2025

2025

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